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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)276号 判決

控訴人

西脇一晴

控訴人

金子三鈔子

右両名訴訟代理人

船橋酉介

竹下伝吉

被控訴人

伊藤麗

右訴訟代理人

内藤義三

内藤三郎

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1項ないし3項の事実は当事者間に争いがない。

二控訴人西脇は本件土地について賃借権を有するとの控訴人らの抗弁について判断する。

判旨1 まず、被控訴人らの右抗弁は不適法であるとの理由で却下を求めているので検討する。

昭和五二年三月一六日の当審第四回口頭弁論調書によれば、控訴人らは「本件土地について訴外亡西脇一之が被控訴人から賃借したものを控訴人西脇らが相続したものである旨の主張はしない。」との記載はあるが、被控訴人主張のような「右一之が本件土地の賃借権を被控訴人の承諾をえて控訴人西脇に譲渡したものである旨の主張はしない。」との記載はないから、右口頭弁論期日において、控訴人がかかる陳述をしたものとは認められない。

また、控訴人西脇が本件土地について賃借権を有するとの抗弁について、控訴人らが、昭和五四年一〇月一五日の当審第一四回口頭弁論期日において、従前主張の賃借権の抗弁を撤回し、構成を変えてこれと異なる新たな賃借権の抗弁を主張したことは、本件訴訟の経過から見て時期に遅れて提出したものであると認めざるをえないし、新たな賃借権の抗弁について若干の証拠調べも必要となつたことは認められる。しかしながら、一方、賃借権の抗弁自体は従来も主張されていて、これについて取り調べられた証拠は新たな右賃借権の抗弁を判断するについても利用しうるものであるうえに、被控訴人においても、控訴人らの従前の賃借権の抗弁及び新たな右賃借権の抗弁に対し、再抗弁として、当審において新たに賃料不払と無断増改築による賃貸借契約解除の主張を追加し、これについての証拠調べが並行して行なわれてきたものであるから、控訴人らの新たな右賃借権の抗弁についての証拠調べは訴訟の完結を遅延せしめるものとまでは認められないので、被控訴人の右申立は理由がなく採用することができない。

2 〈証拠〉を総合すると

(一)  訴外西脇一之は、昭和二一年頃被控訴人の先代訴外伊藤志ずえから、本件土地(当時は控訴人ら主張の従前地部分約二四坪で、昭和四四年一〇月二一日換地処分により本件土地部分となつた。)を建物所有の目的で賃借したこと、

(二)  右一之は同年八月頃本件土地を右志ずえの承諾をえて訴外棚橋久義に転貸し、同人はその頃本件土地上に本件建物(控訴人ら主張の増築前のもので、昭和四八年頃の増築により現況のとおりとなつた。)を建築したこと、

(三)  右志ずえは昭和三四年一月二〇日死亡し、その相続人である被控訴人が右賃貸人の地位を承継したこと、

(四)  被控訴人と右一之との間の右賃貸借契約については、その存在・内容を明確にするため昭和三五年五月一三日乙第一号証の借地契約公正証書が作成されたこと、

以上の事実が認められ〈る。〉

3 次に、〈証拠〉を総合すると、前記一之は昭和三七年八月頃前記棚橋から本件建物を買い受け(その結果、右一之と右棚橋との間の前記転借契約は混同により消滅した。)、次いで同三八年七月頃本件建物を二男の控訴人西脇に贈与し、中間省略の方法により同月一八日付をもつて直接右棚橋から控訴人西脇名義に売買を原因とする所有権移転登記手続をするとともに、前記賃借権を控訴人西脇に譲渡したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

4 進んで、右賃借権の譲渡に対する被控訴人の承諾の有無について検討する。

(一)  控訴人らは右譲渡について被控訴人の明示の承諾があつた旨主張するが、右主張に副う〈証拠〉は〈証拠〉に照らしてにわかに措信しがたく、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、控訴人らは右譲渡について黙示の承諾があつた旨主張するので検討する。

〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和四二年一二月末日分までの本件土地の賃料を、昭和四〇年一一月頃までは実父の訴外横井信一を介し、その後は自ら受領してきたこと、一方賃料を支払つたのは前記一之及び同人が昭和四一年六月一〇日死亡してからはその妻〓えのであつたことが認められる。

しかしながら、本件全証拠によるも、被控訴人あるいは右横井において、右一之から控訴人西脇への本件建物の所有権の移転及び前記賃借権の譲渡の事実を知つて右賃料を受領していたと認めるに足りる証拠はなく、かえつて〈証拠〉によれば、被控訴人及び右横井は右事実を知らず、本件土地の賃借人は依然として右一之であるとの認識のもとに、右賃料を受領していたものであることがうかがわれる。そうすると、右賃料受領の一事によつて、右賃借権の譲渡を黙示したとは認められない。

また、昭和四三年一月から七月分までの賃料については、〈証拠〉によれば、被控訴人は同年七月九日控訴人金子の実父訴外森式雄から本件土地の賃料として金四万九〇〇〇円を受領したことは認められるが、当時被控訴人は本件賃借権が控訴人西脇に譲渡されていたことを知らず、また、右森の持参した金員は被控訴人としては約定賃料の一部にしかすぎないと考えたため右森に対しその受領を拒んだが、同人から威圧的態度で受領を要求され同人に退去してもらうため仕方なく受け取つたものであること、その後の同年八月分からは右森において賃料として同額の金員を持参したが、被控訴人はその受領を拒んだことが認められる。これらの事実に照らすと、右賃料金四万九〇〇〇円の受領をもつて、右賃借権の譲渡を黙示に承諾したとは到底認められない。

他に、右譲渡について黙示の承諾があつたと認むべき証拠はない。

(三)  さらに、控訴人らは、右譲渡は第三者に対するものとは異なり親子間のものであるから、賃貸人である被控訴人の承諾を要しないものである旨主張する。単に親子間の譲渡であるから承諾を要しないとの主張はそれ自体では肯認しがたいものであるが、控訴人らの右主張は、右譲渡が親子間のものであるため賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合に当るから、被控訴人の承諾がなくても、控訴人西脇は右賃借権の譲渡をもつて賃貸人である被控訴人に対抗できるというにあると解されるので、以下この趣旨において検討する。

ところで、〈証拠〉によれば、前記一之と控訴人西脇とは親子関係にあるとはいえ、控訴人西脇は本件建物について所有権移転登記を経由した昭和三八、九年頃までは右一之と同居していたものの、以来別居しており、その生活の実態において右一之と一体密接の関係にあつたものとは認めがたいのみならず、控訴人西脇は本件建物及び本件土地の管理にも無関心であつて、本件土地の賃料支払のことは右登記の時以来今日までその念頭になかつたので、昭和四二年一二月分までは前記のごとく右一之及び前記〓えのにおいて支払い、昭和四三年一月から七月分までは前記のごとく控訴人金子が実父の前記森を介して代払をし、昭和四三年八月から同四六年二月分までは右森において控訴人西脇外一名の名義で供託しているが、控訴人西脇は将来も責任をもつて本件土地の賃料を支払う意思のないものであることが認められる。

右のような事情のもとにおいては、親子間における賃借権の譲渡であるといつても、譲受人である控訴人西脇に対し誠意ある賃料支払義務の履行を期待しえないというべきであるから、賃貸人である被控訴人に対し損害を及ぼすおそれがあり、したがつて未だ賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には当らないと認めるのが相当である。

右のような訳であるから、控訴人らの右主張も理由がなく採用することができない。

5 以上のとおり、控訴人西脇は本件土地の賃借権の譲受につき被控訴人の承諾をえておらず、同賃借権をもつて被控訴人に対抗することができないから、控訴人西脇は本件土地を不法に占有するものである。したがつて、控訴人西脇は被控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和四三年八月一日から右明渡しずみに至るまで後記認定の賃料相当損害金を支払う義務がある。

三控訴人金子の本件土地の占有権限の有無について

1  〈証拠〉によれば、控訴人金子は昭和三九年九月二一日控訴人西脇から本件建物を賃借したことが認められるが、控訴人西脇が本件土地上における本件建物の所有をもつて被控訴人に対抗しえない以上、控訴人金子も本件建物の賃借権に基づいて本件土地の占有を被控訴人に対抗することはできないことになる。

したがつて、控訴人金子も被控訴人に対し本件建物から退去して本件土地を明渡す義務がある。

しかし、本件土地を占有することによる損害金については、本件建物を所有して本件土地を占有することにより、被控訴人の本件土地の使用を妨げていると認むべき控訴人西脇が負担すべきものであり、本件建物の賃借人にすぎない控訴人金子に対しこれを負担せしむべき特段の事情は認められないから、被控訴人の控訴人金子に対する賃料相当損害金の請求は理由がない。

四本件土地の賃料相当損害金について

〈証拠〉によれば、本件土地の一カ月当りの賃料相当損害金は、昭和四三年一月一日及び同四四年一月一日現在において各金九〇〇〇円、昭和四五年一月一日以降は金一万〇五〇〇円を下らないことが認められる。

したがつて、被控訴人の本訴損害金の請求は、昭和四三年八月一日から同四四年一二月末日までは一カ月金九〇〇〇円、昭和四五年一月一日以降は一カ月金一万円の支払を求める限度で理由がある。

五以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人西脇に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、右明渡しずみに至るまで昭和四三年八月一日から同四四年一二月末日までは一カ月金九〇〇〇円、昭和四五年一月一日以降は一カ月金一万円の賃料相当損害金の支払を求め、控訴人金子に対し本件建物から退去して本件土地を明渡すことを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、右と結論において同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮本聖司 浅野達男 寺本栄一)

目録〈省略〉

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